ある男

ときどき思い出したかのように彼が私に
「軍隊を召集してくれ、そろそろ、その時が来たようだ。」と言います。
当然、私はその言葉を真面目に受け止める気はありません。
ただ、「軍隊って、そんなものどこにあるんだい。」
と言うような言葉を口にすることは慎みたい気持ちがあるのです。
あくまで、もしかですが、そんな軍隊が日本のどこか山奥に、
いつか訪れる戦いのために日々訓練に明け暮れる姿が目に浮かぶのです。
彼にはそれを信じさせる不思議な雰囲気があるのです。
私が彼の近くから離れられないのも、そういうことかもしれません。
そして私は夢想するのです。
先鋭の騎馬隊の先頭に立ち、憎むべき敵のただ中になだれこむ私自身を。
私は今、その憎むべき敵とは何者なのか、それとなく彼に探りを入れています。

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