レスリング

丘の上の教会の鐘が鳴った。
父は分厚い節くれだった手で両耳を塞いだ。
思い出したくなかったのだ。
あの時も鐘が鳴ったのだ。
どこからともなく集まって来た男たち。
話し合う時すら与えられず、襲いかかる男たち。
父も戦った。隙を見つけては喉仏を突いた。
腱をつかんではしこたま打ちつけた。
死闘は何時間も何時間も続いた。

教会の鐘が止んだ。
父はゆっくりと耳を塞いでいた手を下ろした。
そして、シャツの裾を持ち上げ、右手を差し入れ、腹の辺りを触っていた。
そこにはその戦い以来、外すことなく身に着けている、
黒く重たいチャンピオンベルトの手触りがしっかりと感じられた。

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